www.koudosenshin-iryou.comより
海野十三訳
透明人間
旅館(りょかん)をとりかこんでいた人びとは、わっと巡査をとりかこんで、おもい思いにしゃべりたてた。巡査(じゅんさ)は、いばって、
「頭があろうがなかろうが、わしはやつをつかまえなければならん」
「そうです、そうです。お巡(まわ)りさん、さあ、つかめえてくだせえ」
ホールは、まっすぐに玄関(げんかん)にすすみ、入口のドアをいきおいよくあけた。
ジャッファーズは、えらい元気でとびこんでいった。
旅館(りょかん)のうす暗(くら)い台所(だいどころ)のすみに、首のない人間(にんげん)が、片手にかじりかけのパン、片手にチーズの大きな切れをもってたっている。
「あれですっ!」
ホールがさけんだ。
「なんだ、きさまたち! なにしにはいってきやがった」
首(くび)なしの化物(ばけもの)の、首(くび)のあたりと思われるあたりから、怒(おこ)った声がきこえてきた。
「ほほう、ずいぶん変わったやつだな。しかし首があろうがなかろうが、わしは逮捕状(たいほじょう)をもってきてるんだから、からだだけでもつかまえていくぞ」
巡査(じゅんさ)は、ぱっと男めがけてとびかかった。男はさっとうしろにとびさがり、パンとチーズを巡査(じゅんさ)めがけてなげつけた。
「こんちくしょう! てむかう気か……」
巡査(じゅんさ)はまっかになって怒(おこ)った。ホールはせいいっぱい気をきかせて机(つくえ)の上のナイフをとり、ちょうど応援(おうえん)にかけつけた鍛冶屋(かじや)のウォッジャーズにわたした。
男はさわぎが大きくなったので、かんかんに腹(はら)をたてたらしく、いきなり巡査の顔をいやと言うほどなぐりつけた。
「あっ!」
ふいをうたれた巡査(じゅんさ)は、一瞬(いっしゅん)たじろいだが、猛然(もうぜん)と男にくみついていった。
けとばす、つきとばす、すごい格闘(かくとう)がはじまった。
巡査(じゅんさ)は、苦心(くしん)のすえに相手の首(くび)をしめあげた。もちろん、見えない首をしめあげるのだから、ずいぶんおかしなものだったが、巡査は一生けんめいだった。
男は苦しがって、巡査のむこうずねをけとばした。
「足をつかまえてくれ!」
巡査(じゅんさ)は、痛(いた)さをこらえてさけんだ。ホールが足をおさえにきたが、まごまごするうちに、あばら骨(ほね)のあたりを音がするくらいけとばされて、胸(むね)をおさえてしゃがみこんでしまった。
男はふいに、
「うむ!」
とさけぶと、ばか力をだして巡査(じゅんさ)をなげとばし、あべこべに巡査を下にくみしいてしまった。
「こいつはいけねえ」
巡査(じゅんさ)のはた色が悪いとみたウォッジャーズは、おく病風(びょうかぜ)にふかれて、戸口(とぐち)のほうへ逃(に)げだした。そこへ、
「おーい、たすけにきたぞ!」
と、ハクスターと馬車屋(ばしゃや)がかけこんできた。
巡査(じゅんさ)とウォッジャーズが、ほっとしたとたん、戸棚(とだな)から、がらがらとガラスびんが三つ四つころがりおち、鼻(はな)をつくいやなにおいが部屋いっぱいにひろがった。
首(くび)のない男
「こうさんするよ」
なにを思ったのか、巡査(じゅんさ)をおさえつけていた手をはなして、首(くび)なし男は立ちあがった。
みれば、頭ばかりか、右手も左手もなくなっている。手袋(てぶくろ)がぬげてしまったからだ。
巡査(じゅんさ)は、すばやく起きなおり、威厳(いげん)をつくろいながら、男に手錠(てじょう)をはめようとして、なさけない声を出した。
「こいつはいかん、どこへ手錠(てじょう)をはめればいいんだ、見当(けんとう)がつかんぞ」